格好良い髪型に憧れ、理容師を目指した佐藤輪喜広さんの高校時代

「お洒落」で「格好良い」をつくる理容師へ
理容業界は進化しています!

手先の器用さを生かせるクリエイティブな仕事に都会で挑戦したい!

―どうして理容師を目指したのですか?

 

私は八丈島で育ちました。高校生の頃は、とにかく都会に憧れを抱いていましたね。便利で人が多くて賑やかで華やか、そんな環境に飛び込みたい、そして都心でお金を稼ぎたいという野望がありました。なかでも理容師を選んだのは、当時島内にはお洒落な美容室などがなく、自宅で母親に髪を切ってもらう事が多く、格好良い髪型に憧れがあったことも一因です。また、昔から比較的手先が器用で、普段から絵を描いたり友人の髪を切っていた事も決め手になりました。

 

―理容師までの道のりや理容の仕事について教えて下さい。

 

高校卒業後は八丈島を出て、理容室で働きながら通信制で資格取得を目指す生活が始まりました。サロンの雑用の合間や、営業前や営業後に練習を重ねました。練習と仕事の両立はハードなイメージがあるでしょうが、私はそんなに厳しいと思いませんでした。若さもあるでしょうが、サロンのサポート体制などもあったので、無理なく資格取得が出来たと思います。通信制を不安に思う高校生の方も多いでしょうが、早く社会経験が積めるメリットもあるのでチャレンジする価値はあるでしょう。
理容室はかつて年配の男性客ばかりというイメージがあったと思いますが、近年は「おしゃれしたい」という気持ちも叶えてくれる場所になりました。女性のお客様や理容師も増加し、高級なお店も増えています。さらに理容師全体のなかで20代の割合は大変少ないので、待遇面などで優遇され、夢が叶いやすい環境が整っていると思います。

時代の最先端の施術・サービスを提供し社員の見本となれる理容師に

―現在のお仕事と、今後の目標はどんなことですか?

 

今は店長として社員教育に力を入れています。私自身、最初の頃は先輩から多くのことを学びました。技術面だけでなく、仕事や理容に対する姿勢を見て憧れる先輩がいましたね。コンテストの前に、夜中まで一緒に練習をしてくれたことはずっと忘れないと思います。
店長になったばかりのころは、スタッフの辞職が多く、かなり自信を失った時期もあります。しっかり向き合っているつもりでも、忙しさや店長としてのプレッシャーでスタッフとのコミュニケーションが疎かになっていた部分があったのかも知れません。しかし、スタッフを家族のように大切にし、信頼関係を築くことで、少しづつ改善されていきました。しっかり時間を掛けて先輩が後輩を育てる環境が整っているという点では、他のどのサロンにも負けない自信があります。
今後は、メンズヘアスタイルの最先端を常に研究し、理容のイメージをさらに洗練されたものにしたいですね。クリエイターとしてのひらめきを大切に、いつまでも変化に敏感な理容師でありたいと思っています。

理容師をめざす高校生へのメッセージ

「理容業界はどんどんお洒落に、急成長しています!」

とにかくやりたいことは、どんどんチャレンジしておいた方がいいですね!志望している進路に直接関係がないことも、意外と役に立つこともあります。理容師はあまり華やかではないイメージがあるかもしれませんが、今は違います。お客様も若くてお洒落な人が多く、お休みも取りやすく、長く働けるサロンも増えていますよ!

ヒロ銀座/プレミアムバーバー
執行取締役
佐藤 輪喜広さん

 

1981年神奈川生まれ。八丈島で育つ。高校卒業後、サロンで働きながら「窪田理容美容専門学校」通信課程にて理容師国家資格取得。2005年のヒロ銀座創立時からのメンバーとして活躍。現在は執行取締役に就任し、ヒロ銀座神田店の店長も勤める。